鶏足院について

鶏足院の歴史

南信州伊那谷盆地の美しい山々を望む鶏足院は天文十七年(一五四八)に泉龍院五世の偉哲龍邦和尚を請して開山し、かつては僧侶の修行寺で、厳しい勧行が日々行われていました。
時の代官、朝日受永は慶長六年(一六〇一)に寺領三石を寄進しています。

本尊はこれまで三度変遷をし、当初は恵心僧都作の地蔵菩薩でしたが、江戸初期に十一面観音にさらに文化十年(一八一三)の十七世、笑山和尚の時に聖観音になりました。

現在の山門は安永八年(一七七九)に鐘楼門として再建されたもので、このころから修行寺に変わり衆生数化に向かったとされています。

本堂は寛政四年(一七九二)に再建あれ、文化十年に釈迦三尊、十六羅漢を京より迎えました。

本堂正面

平成27年4月に改修しました。

梵鐘

梵鐘は三代目で、初代は幕末の黒船来航の折、二代目は第二次大戦の折に供出となりました。

境内に奉祀られている豊川稲荷

境内には豊川稲荷が奉祀されています。

開かれた寺院へ

珍しい茅茸の山門を持つ鶏足院は、十六羅漢の寺院として知られています。
開かれた寺院を標榜する当院では、「寺院はみんなのもの」を惹句に、誰もが気軽に訪れることができる寺院づくりに注力しています。

十六羅漢像

十六羅漢とは仏の勅命を受けて衆生を済度する役割を負った十六人の阿羅漢のことです。

本堂内の岩に見立てた香木の中に像は置かれており、像の高さは座像が約六十センチ、立像が九十センチで、一体ごとに表情も違います。

衣装柄は獅子、龍、麒麟、鳳凰などを意匠し精緻に描かれており、これほど保存状態の良い十六羅漢像は長野県内でもほとんどありません。